2012年11月19日(Mon)
■ 『63歳のエヴェレスト』渡邉玉枝 著
元神奈川県職員で、日本人女性最高齢でエベレスト登頂記録を二度も更新している渡邉玉枝さんの著書を読んだ。謙虚な方で、一般ルートから登ることなど、大したことではないと書かれている。読み始めてみると、すばらしい健脚の持ち主であることがすぐわかる。
この本は63歳でエベレストに登頂するまでの渡邉さんの山行を振り返ったものだけれど、マッキンリー、マッターホルン、キリマンジャロ、アコンカグア、チョー・オユー、ダウラギリⅠ峰、ガッシャーブルムⅡ峰、天山山脈ポベーダ、パミールのムズターグ・アダ、エヴェレストと、溜め息の出るような山行を重ねられている。
そして、その合間に、地元神奈川の丹沢の山行がちらりちらりと出てくるので、そうか、世界の山を歩く人の足はあのルートからここまでを冬の時期に抜けてしまうのだな、と、やはり溜め息がでる。
28歳から登山を始められた渡邉さんは一貫して自分を一般の登山者と位置づけていらっしゃるが、そもそも登山の始まりが違う。一般のハイカーは山岳会に入っていきなりの冬の谷川岳には行かないだろうし、日本で訓練を積んだといって初めての海外遠征でマッキンリーの氷の岩壁を登るルートには行かないだろう。渡邉さんはそれをされているのだ。
渡邉さんは健脚だ。1987年の正月に行った前穂高岳の下山時には、時間の都合で急ぎ足で何人も追い抜いかれたエピソードがある。そんな渡邉さんを唯一追い抜いたパーティーは山岳同志会の人たちだったという。ちょっと素人のわたしには女性の足で、唯一抜かされたのが山岳同志会だけという速さが想像つかない。
その健脚も世界の名だたる山を登ることのできた一つ大きな理由だけれど、もう一つ、この豪華な山行には理由がある気がした。それは、文章のはしばしから滲み出る渡邉さんのお人柄だ。
自分の足で安定して歩き、そして人柄も良い。山行に誘いたくなるような方なのだと思う。最初の谷川岳も、マッキンリーも、そして、エベレストも、渡邉さんは誘われている。誘われるというのは、すごいことだと思う。
そこで、渡邉さんは自分が女性で、一般と変わらない、でも、与えられたチャンスを感謝して受け取りその中で最善を尽くしてゆく姿勢を崩さない。周りとのお互い様でのやり取りを大切にされる。そして一つの山ごとに確実に登頂し下山してくるのだ。
ちょっと真似できる感じがしない。街中のおばさんが山にちょっと行く流行りの中高年登山とはまったく違う。清々しいまでに、うーん、この人、すごい!と思える本だった。
ところで、イモトと同じく、マッターホルンはヘンリル小屋からガイドと一緒に登られている。4時間50分で登頂。ヘンリル小屋までの下山は1時間40分。ヘンリル小屋からの往復トータルは7時間。午前4時30分から登り始めたので午前11時30分に戻られている。日本からの一般ツアー参加だったが、同じツアー参加者で一番遅かった人は午後4時近くとのこと。
この時、岩登りは素人とガイドに伝えてらっしゃるが、その前にマッキンリーのアメリカン・ダイレクト・ルートをこなしているので、騙されてはいけないのだ。