2011年11月01日(Tue)
■ リビングのシーリングライトが壊れた。
リビングのメインで使っているシーリングライトが何やらきな臭い…配線のどこかがショートしたような臭いがします。点灯すると、激しく点滅しました。壊れた…!!
こんなこともあろうかと!(←この台詞を使ってみたかった!)。
リビング二台、寝室一台のシーリングライトはすべて同じ型番にしていたので、一番、影響の少ないリビング二台目をメイン位置に置き換えました。
ところで壊れてしまったシーリングライトは8~9年前の型番のものですが、超薄型で天井の低いマンション家屋でも、視界に違和感を感じず、とても気に入っているので、なおすか、これに準じた機種が手に入るといいな。
■ 佐藤さとる『だれも知らない小さな国』
主人公の少年が、コロボックルにお目にかかるには、ずいぶんと月日がかかっているのねぇ。
■ 松本侑子『赤毛のアンに隠されたシェイクスピア』
赤毛のアンに隠されたシェイクスピア
集英社
¥ 1,995
赤毛のアンシリーズ10巻を読み終え、今、この本を読んでいる。
わたしは英米文学には明るくないので、この本はずいぶんと興味深い。
2点、読書中メモ。
マシューの通夜の時のマリラの台詞
松本氏曰く、マシューが亡くなった夜のマリラがアンに打ち明けた「私はあんたのことを、血と肉を分けた実の娘のように愛しているんだよ。」という表現は『ヴェニスの商人』や慣用句からの引用ではないかとのことだけれど、これはわたしは違うと思う。これは、聖書のキリストの最後の晩餐、聖餐から来ているのだと思った。
26 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた、「取って食べよ、これはわたしのからだである」。27 また杯を取り、感謝して彼らに与えて言われた、「みな、この杯から飲め。28 これは、罪のゆるしを得させるようにと、多くの人のために流すわたしの契約の血である。
マタイ26:26-27 http://bible.us/Matt26.26.JA1955
マシューの死は、マリラに取ってキリストの死に値するほどの意味があったろうことは想像に難くないし、また、マシューをとおして、アンを与えられたことは、マリラに取って深い意味、人生の本当の家族が与えられた意味に等しい。こうしたことから鑑みて、ここは無理に古典文学に結びつけるよりも、聖書に結びつけた方が自然な解釈に思われる。
引用句辞典のより深い理解のために
本書のメインは、赤毛のアンに引用された古典文学を探ることに意味があるので、その探索方法である引用句辞典についてはあまり深くその成立や利用方法は触れられていない。この点について補足するのに、引用句辞典の話 (講談社学術文庫)(加島 祥造)は好著だと思われる。