2012年10月27日(Sat)
■ 『ザイルをかついだお巡りさん』長野県警山岳遭難救助隊 編
1995年刊行当時の、現役、OB30名(内2名は女性)の山岳救助隊員、そして、山岳救助の民間エキスパート4名の手記からなるのがこの本だ。
長野県警では1995年当時、全国にさきがけ、2名の女性隊員を導入したばかりで、女性隊員の手記はこれからの活躍に希望をのせたもので、すがすがしかった。これが漫画『岳』のヒロイン久美ちゃんにつながっているのだと思うと、ぐっときた。
また、漫画『岳』に登場するヘリでの遭難救助活動のモデルとなった篠山秋彦氏も手記を寄せているし、実際の操縦桿を握る操縦士の方も手記を寄せていた。漫画ではあまり強調されていなかったが、操縦士の手記は、寒さや強風に振り回されそうな悪環境で、要救者を引き上げるのにホバリングする間、操縦桿をぐっと握りしめ続ける苦労がなまなましかった。
この本を読んでいて、初めて知ったのだけれど、ヘリでの救助を必要とする遭難者はタオルなどを大きく振って合図すること、一般登山者でヘリ救助を必要としない場合は、何も合図をしてはいけないというルールがある。山に登っていて、ヘリがいたら、わたしなんかはうっかり「やっほー」と手を振ってしまいそうだから気をつけよう…。
もうひとつ印象深かったのは雪渓での遭難だ。映画『岳』では氷河の裂け目に落ち込んでしまった遭難者を山岳救助隊員が助けに降りていった場面があって、日本にはそんな氷河はないしおかしいなと思っていたのだけれど、この本では、氷河ではなく、雪渓の裂け目(シュルンドと言う)に落ちてしまった遭難ケースがいくつか出てきていた。
シュルンドは外気温より-10℃以上低いらしく、またその雪の固まりの下を、雪解け水が流れていくこともあり、遭難すると救助は困難を極め、二重遭難の危険性も高くなるし、生存者を救出するのは難しいようだ。
シュルンドに落ちた遭難者が雪解けの季節に遺体となって発見されたひとつの事例では、遺体は登山着の上にレインコートを着込んで居て、シュルンドに落ちた後も生存していたことを示していたそうだ。とてつもない寒さ、暗がり、救出されない恐怖と絶望を思うと、雪渓は美しくあるけれど、安易な装備で近づいてはいけない場所なのだなと思った。
そんな恐ろしい話もあったけど、若い隊員の手記は、訓練の厳しさの嘆きや自分のドジっ子体験を語るものもあり、屈強そうな山岳警備隊も人の子なのだなと、ほほえましくもあった。
いつか山岳警備隊の人とすれ違うような山へ行ってみたい!(具体的には上高地から涸沢カール!)
あと、この本は長野県警のお話だったけれど、ほかに劔岳や立山で活躍する富山県警の『ピッケルを持ったお巡りさん」や、飛騨山脈で活躍する岐阜県警の『山靴を履いたお巡りさん』などもあるらしい。
■ 『レスキュー最前線』長野県警察山岳遭難救助隊 編
2011年刊行の本書は、1995年に刊行された『ザイルをかついだお巡りさん』の続編とも言うべき本で、しかし、寄せられた手記は確実に世代交代を物語っていた。
この本は手記の冒頭、氏名の下に、生年と出身地が書いてあって、それだけで著者の世代がわかるようになっている。前半は若い救助隊に配備されこれからの活躍が期待がされるメンバーが書いているのだけれど、1980年代生まれがメインで驚いた。わたしよりも一回り若い。
わたしと同じ1970年代生まれはもはやベテランの域で、伝説的なヘリで遭難救助をしていた篠原秋彦氏には教えを受けた世代になる。
そして、目を引いたのは、前作で生年不明で登場していた全国に先駆けて登場した女性救助隊員の方だ。1973年生まれの岡田恵さん。わたしと同じ年だったのか、と、驚いた。本書では結婚され、すでに退職され育児の最中で、家族として救助隊の夫を送り出す身となっている。
前作ではこれからの女性隊員の活躍が期待されていたのだが、本書では残念ながらその時点では、女性隊員は打ち切られ、山岳救助隊は男性のみで構成されていることがわかった。
本当に残念だった。現実はこうなのか。漫画『岳』ではヒロイン久美ちゃんは最後、結婚してこどもを産んでも現場を駆けめぐる山岳救助隊員だった。漫画を読んだ時に、そんなことはありえないだろう、でも、もしも、女性が本当に結婚してこどもを産んでも活躍していたらすてきだな、と、チラッと思ったけれど、現実は女性の活躍どころか、女性には救助隊員になる道も閉ざされてしまったのが真実だった。
前作では2名の配属されたばかりの女性が手記を寄せていたが、本書では岡田さん含め4名の女性が手記を寄せていた。いずれも、やはり体力的に男性に女性はかなわないことが記されていた。現在、女性が打ち切られているのも限られた予算の中、現場で即戦力となる男性隊員枠を一人でも増やすための処置とされていた。なんだかため息が出た。
ところで、本から脱線するが、今日、こんなニュースを見かけた。
長野県、「入山税」検討へ…遭難や環境負荷増で
登山ブームに伴い、地元の費用負担は年々増している。県警ヘリは来年2月、救助態勢の強化で2機に増える。年約1億5000万円の燃料費や修繕費は倍増する見込みだ。県警山岳遭難救助隊の活動費は年3500万円前後かかっている。
同県松本市は今年度、安全確保のために登山道維持費を前年度の10倍の500万円に拡充した。山小屋のトイレでは、し尿のヘリ輸送などに「年300万~400万円」(山小屋経営者)かかり、従来のチップ制から有料化に切り替えた山小屋もある。
昨年9月の県の事業仕分けでは、一部の登山者に税金を投じることに批判も出ていた。このため県は11月、山岳経費の見直しを諮問機関の県地方税制研究会に諮り、入山税や協力金の導入などを含めた新たな財源確保を検討する考えだ。
(2012年10月27日16時35分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20121027-OYT1T00637.htm
この本を読むとヘリコプターを使った山岳救助の費用にとても莫大な金額がかかっていることがわかる。遭難件数、出動件数も少ないとはいえない。安全の保険として山岳救助隊が必要なのもよくわかる。仕方のない方向かもしれない。けれど、入山者ひとりあたりにかける入山料に、あまり無茶な金額は設定しないでほしいなぁ、と、思った。山にかかる金額が増えるほど、無茶をして遭難する人も増える気がするのだ。